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おひさまのような花

『ドリアン・グレイの肖像』…(6)

【James Vane -仲田拡輝-】2

 

「十字架を背負い復讐を誓うジェームズ」

 

旅先で姉の死を知り、「プリンス・チャーミング」への復讐を誓うジムの、遺恨に歪んだ表情と怒りに満ちた声。彼(つまりジェイムズ・ヴェインというキャラクターと、仲田拡輝くん本人)のことを好きな私にとっては、見ているのが辛い場面だった(と言いつつ、セットの十字架のキャスターを転がす音が聞こえた瞬間に反射的に上手の方を向いて釘づけになってしまう自分がいたのだが。)が、同時に詩的なリズムを持った台詞が美しく感じられ気に入っているシーンでもあった。

この場面の最大の特徴は、何と言ってもジムの独白のみで構成されている点だ。任されたジムの役割は大きい。なぜなら彼の魂の叫びが悲痛であればあるほど、ドリアンの行為の残虐性が際立ち、その後のストーリー展開に重みが増すからである。

 

物語の終盤において「悪魔に魂を売った男」と評される程の悪事を重ねているドリアンであるが、具体的に明かされているのはシヴィルに酷い言葉を投げつけ別れを告げたこと、そしてバジルを殺害し証拠を隠滅したことの2件のみだ。だからこそ、彼の魂の醜さと肉体の美しさをより際立てる為には、その転落の始まりとも言えるシヴィルとの一件がより残酷に描かれる必要がある。シヴィル亡き後、彼の罪を責めることが出来るのは、実の弟であり彼女を心から愛したジムただ一人だ。そしてその立場における役割を、彼はこの場面において十分に果たしたと言える。

 

「呪いの言葉は…プリンス・チャーミング。」の急激な温度変化。燃え盛る炎をそのまま凍らせたようだ、と感じた。そして、自分に言い聞かせるように繰り返す誓い。若者らしい熱気に任せて口にしたその言葉が、目の前にシヴィルがいない今、恐ろしいほどの現実性をもって再現される。「まだ子供だから」と姉に窘められてむくれたときのあどけなさが消え去った彼の眼差しの先にあるのは、ドリアンの胸にナイフを突き刺す瞬間、その一点のみである。復讐の燃料として一番強力なのは、恨みでも怒りでも、あるいは悔しさでもなく、悲しみなのかもしれない。十字架を背負う彼の姿を見ていて、そんなことを思ったのだった。

 

 

シロツメクサのネックレス」

 

今作のジェームズを語る上で、欠かせないキーワードとなるのが「シロツメクサ」だ。ロンドンで過ごす最後の日に姉からもらったシロツメクサのネックレスを、肌身離さず身につけるジム。十字架の下で復讐を誓いながら、またアヘン窟で命尽きる瞬間や死後ドリアンの妄想の中に現れる時(また、でさえ、控え目に彼の首元を飾る白い花。似つかわしくないその純粋なかわいらしさがどこかシヴィルの面影を匂わせるようで、かえって場面の残酷さやおぞましさを際立てていたように思う。原作にはない、視覚的なアプローチのできる劇作品ならではの演出だ。なぜグレンは、二人を繋ぐ花にシロツメクサを選んだのだろうか。

 

気になって調べてみたところ、シロツメクサ花言葉は「幸福」「約束」「私を思って」「私のものになって」そして「復讐」。どきっとした。並べられた言葉のどれもが、物語に、そしてヴェイン姉弟に深く関わっているように思えるからである。シヴィルがジムの「幸福」を願って、旅立つ彼への餞に編んだネックレス。彼女のことを傷つけるやつがいたら殺してやるという弟の誓いに対し、彼女はそんな誓いは必要ないと言う。なぜならドリアンは、「私のものになって」と言う彼女の願いを受け入れ、永遠に愛してくれるからと。しかし、この願いは叶わず、シヴィルは悲しみの中で自ら死を選ぶこととなる。残されたジムは首にかけられたネックレスを握りしめ、彼女との「約束」を果たすためプリンス・チャーミングへの「復讐」を誓う。また、四葉のクローバーには、ある司教が布教活動の際これを使って十字架を表現し教義を広めたというエピソードがあり、この「十字架」というシンボルも実際に劇中においてジムの独白の場面でも使用されていることから、これらのリンクが偶然とは考えにくいことは明らかである。

弟の幸せを祈る姉が首にかけた幸福の象徴のはずの花が、結果的に彼を復讐の念に縛り付け、降ろすことのできない重たい十字架を背負わせることになってしまう。皮肉な暗示である。神様は意地悪だ、と思わずにはいられない。シヴィルは、もしドリアンを恨んでいたとして、その恨みを晴らすために弟が自分の人生を投げうってまで復讐にその身を捧げることを望んだだろうか?そうではなかったはずだ。しかし、月日が経っても枯れることなく、不自然なほど白く美しいままジムの首に絡みついているシロツメクサのネックレスを見ていると、まだ少女のようなあどけなさを残したままたった一人涙の海に溺れてこの世を去ったシヴィルの、「私を思って」という心の叫びがジムには聞こえているのかもしれないな、とも思えるのだった。

 

余談だが、ある日の公演で上手の袖の浅い部分が見える席で観劇した際、アヘンの見せる妄想の中でドリアンがピアノを演奏するシーンで、スタンバイしている拡輝くんが、所謂「素」の表情のままで首にかけたシロツメクサのネックレスを確かめるように何度も触っていた。なんだかその姿が可愛くて、おぞましいシーンの真っ最中にも関わらずほっこりすると共に、公演中、ジムにとっては復讐のシンボルだったこのアイテムが、もしかすると彼にとってはお守りのような存在だったのかもしれないなぁなどとまた余計なところまで考えをめぐらせてしまった。

最終的にこのシロツメクサのネックレスとジム及び拡輝くんの関係は、彼が千秋楽の挨拶後に深々とお辞儀をした拍子に頭にネックレスが引っかかり、斬新なかぶり方の花冠のようになってしまう、という愛らしく微笑ましいエピソードでしめくくられる。演出家グレンの女性的なセンスが反映された、どの場面においても効果的に作用し、想像力を掻き立ててくれる演出であった。

 

 

 

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